はてなブログの正しい使い方

ポロロッカのように流れてくるタイムラインの中で、色々な界隈のオタクがポエティックな超長文はてなブログを丹精込めて生成してるのを日々目撃しますが、最早はてなブログはそのような使い方が正しいと思うので(?)

2017年最後にポエティックな長文を書きます

 

 

※私のことは松居●代だと思ってください。

 

 

 

2017年2月24日、突然、ほんとに突然、アイドルオタク生活最恐と言っても過言じゃないような衝撃的一報が舞い込んできて、身辺のことがあっという間に変わってしまいました。

 

好きになって1年目と少しのグループが、練習生に戻り、プロデュース101に出る。

 

「イルコンのお知らせが途絶えたのはこういうことか」

 

今でも、第一報を見た電車の中で頭の中にぐるぐるしていた言葉を思い出すことが出来ます。ふつうにトラウマです。

今となってはものすごいラブ、JRペン、という感じのツイートをしてるけど、私は本来雑食のかけもちDDです。だから本当はこんなに大々的に嘆いちゃいけないのかもしれない。それでもクソカケモの自分の中でどこよりも特別な思い入れがあるグループがまさにNU'ESTでした。

 

このグループを 好きだということすら口外することを阻まれるような、好きになってからプデュに出るまで、ずっとそんな感覚で、肩身の狭い思いをたくさんしたこともよく覚えています。

それはただ彼らがイル活リリイベドルだったからではなくて、(彼らと同じ状況でも他人にも好きな気持ちを受け入れてもらえるのが一般的かなと思います。)

やっぱりいま振り返っても納得がいかないような境遇に置かれていて、会えども会えども毎回楽しみながらもどこかで私は憤慨してしまうような状況で、SNSはいつもなんだか寂しくて、メンバーのインスタに世界で一番最初にいいねを押しやすいことすら、喜びではなくなんかしんどかった

好きという気持ちを他グル以上に発信しづらかったのは、なぜか彼らにつきまとった「非常に惨め」という漠然とした外からのイメージだったと思います。こんなこと言えるのは私が古株でもなくて、NU'ESTが音楽的に変化したovercome期からの新規だからだし、本当は言葉にするのも幅かられるけど、払拭したいからあえていいます。

プロデュース101でも散々消費されつくしたけれど、弟分のseventeenが桁違いに売れた、売れているという事実は、やはりその「なんとなく惨めなイメージ」が形成されるのに無関係ではなかったし、

「なんで今更NU'ESTなんか好きになったの?」という類の興味なさげな言葉の裏には「物好きだね」という皮肉が充分に込められていたなぁと思います。

 

「せぶちが授賞式やってる時にニュイは山手線の旅か」

seventeenは全く悪くない。悪くないどころか関係ないし、比較すること自体間違ってる(と私は思うしそんな構図にした事務所も間違ってる)のに、こういったツイートをするどこの馬の骨とも知れない誰かの悪意に、何日もひきずるほど傷ついたのも、今はもう懐かしいです。

 

overcomeが出る少し前の頃、私はkpopを色々見すぎて、疲れて、これ以上好きになれないという時期に差し掛かってました。そのまま嫌いになって日本のアイドルに入れ込んでも良かったはずなんです。でもそのちょうどいい、ほかのケードルは痒いところに手が届かないけれど、この人たちはなんかこうストンとくるなぁ、という新鮮な感覚を与えてくれたのがその頃のニュイでした。

私はkpopが好きだけれど、ファンダムの異様な信仰心と、群舞の流行とはどうしてもそりが合わなくて、ニュイをみてはじめてこういう正解もあるんだと思えて、kpopにとどまらせてくれた、本当に救いだったなーと。

有名じゃなかろうが、評価されてなかろうが、自分が良いと思うものは良いのであり、自分の好きな人のことを好きだと思えばいいと。

overcomeは、コンセプトの定まらない迷走ドルだったそれまでがまるで嘘のように、鮮烈な印象を与えて、完全に私はJRのファンになり、「なぜこんなに惨めな扱いをされるのか」と毎日で悶々としました。JRのようなアイドルは絶対に需要があるのに。アイドルは老後の面倒も見てくれないし、介護もしてくれないけど、明日1日生きるだけの勇気をくれる。JRくんには間違いなくもっとたくさんの人に愛される資質があるのに。

 

核心を突いたのが2016年8月にカムバしたcanvasに収録されているミニョンくんとJRくんのユニット曲daybreak

大好きで、初めて聴いた時涙が出てきて、youtubeの再生回数も面白いほど伸びなかったけど、ずっとずっとmv再生したdaybreak

k-popアイドルは高いアーティスト性が売りで、自作も一般的だけれど、歌詞に感動することは少なかったです

私は邦rock畑出身だからなのか、なおのこと「ノッテメ」にも「ネッコヤ」にも心動かされることは無かったけど、「ノッテメ」も「ネッコヤ」も無縁の世界を作り上げた2人は自我を持ったアイドルだなぁと アイドルとアーティストの違いは自我があるかないかだと、本で読んだことがあって 尚更

daybreakを聴くと、最後に5人でのライブを見た渋谷o-eastの空気を昨日のことのように思い出します。

もしかしたらこれをよんでるひとの中に、同じo-eastにいた人がいるかもしれないんだけど、とってもいいライブだったなぁと思いませんか

きっと、胸中では色々あったにも関わらず。それは今だから分かることだけど。

 

頑張って思いかえそうとしてるけど、プデュのことは1mmも思い出したくないな、やっぱり。

ほんと余計なことばかり言ってるけどJRくんが最終11人に落ちたからではなくて、いまだにプデュに出演したことが最善だったとは思ってない節があるから。こんなこというと「どうして??」と言われるんだけど、わがままだけどごめん、楽曲で売れてほしかったからです。EXIDみたいに。

 

でもそんなん一生懸命働いてる5人見たらどうでもよくなります。

最後の渋谷o-east、おでかKという番組が楽しかったこと、公開ペンサ、その他色々、いまだに胸に秘めてるから、無駄に苦しいし、知らなきゃ良かったかなと思う時もあるけど、でも、全然関係ないけど友達が教えてくれたポカホンタスの名言通り、「君を知らずに100年生きるよりはずっといい」。

 

これからまた簡単には会えなくなるけど、5人が揃う日にも備えておきたいと思います。2018年は幸せしかない年になりますように

 

私よりもっと辛いオタクの人もいるのに、私は自分が一番寂しいみたいな顔をしてしまうから、ここで1年間の垢を落としたいなあと思ってもう包み隠さず全部書きました。

長すぎて自分でも読み返さないと思う。

水槽魚は松●一代フレンズなんだね